のびパパ軽井沢日記:#12 川端康成「別荘」は「ブループラーク」を拒否していた

 

 今日(9月7日)昼ごろ、車を運転していたら「FM軽井沢」が「軽井沢町川端康成別荘の保存を断念」というニュースを伝えていた。
 帰宅して検索してみると、全国紙「朝日新聞」もこのニュースを報じていた(2021年9月7日10:30『川端康成が「みづうみ」執筆の軽井沢の別荘取り壊しへ 町が保存断念』https://www.asahi.com/articles/ASP967332P96UOOB005.html)。

 ニュースの要点は、藤巻進町長が神奈川県の不動産会社に電話し、解体費用を軽井沢町で負担し移築保存することを提案したが、予算確保の議会決議や解体に数か月かかることから、決議できないリスクに加え「取得のために借り入れた金融機関への金利支払い」があるとし、拒絶された、ということだ。
 やはり、公的価値(があるとして)を守るための費用負担を誰がどうするのか、という本質問題にぶちあたったというわけだ(「のびパパ軽井沢日記:#10 ノーベル賞作家 川端康成の元別荘を保存しよう・・・」https://note.com/nobbypapa1948/n/n6c350f7000df参照)。

 以前にご紹介した「軽井沢新聞」ウェブ版『ノーベル文学賞作家川端康成の別荘売却、解体か』(2021年8月11日、https://www.karuizawa.co.jp/newspaper/news/2021/08/post-204.php)によると、当該別荘は「軽井沢町ブループラーク認定候補に挙がったが、遺族が断った」とのことだ。

 そもそも「ブループラーク」とは何だろうか。
 
 ロンドンに住んだことのある人、あるいは旅行で訪れたことのある人は、町のあちらこちらの古い建物の壁に、歴史上の著名な人物が、たとえば200年前にこの地に住んでいた、と伝える「ブループラーク」を目にしたことがあるだろう。石造りの建物だからできる、ともいえる制度だ。
 155年前の1866年に始まったこの制度は「死後20年、もしくは生誕100年」以上の人物で「人類の繁栄と幸運に重要かつ積極的な貢献をした」人が対象となっているそうだ。さらに「非凡かつ傑出した個性を持った人物」で、国民の多くがそのように認識するに値する人物であることが要件とのことだ。
 たとえばロンドン市内では、小説『クリスマス・キャロル』の作者チャールズ・ディケンズや『1984年』ジョージ・オゥエルが住んだところ、あるいは2年間留学していた夏目漱石の「下宿跡」を知ることができる。のびパパも「重力」を発見した物理学者アイザック・ニュートンや「種の起源」で進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンの住居跡に遭遇したときには、歴史上の一大事件に立ち会ったような、奇妙な興奮を覚えたものだ。
 155年の歴史のあるイギリスの「ブループラーク」対象物件は、ロンドン市内だけで800余りといわれている。

 これを真似たのか、軽井沢町では平成28(2016)年に「ブループラーク」制度を設けたそうだ。だが2014年夏以来、一年の半分くらいを軽井沢で過ごしているのびパパだが、浅学菲才にして目にした記憶はほぼない(「浅間神社」は、100分散歩「追分コース」のおり、必ず参拝し「コロナから無事でありますように」と祈願しているお宮さんなので、次回探してみよう)。

 なお、選定基準は次の通りとなっているそうだ。

〈1.軽井沢町にゆかりがあり、古くから大切に保存・活用され、町内外の方々に愛されてきた建物
2.所有者、滞在者、建築家、施工者のいずれかが著名な人物であるもの
3.歴史的なエピソードを持つ建物、文芸作品などのモデルとなった建物
4.軽井沢の町並みの形成に大きく寄与してきた建物
5.人的交流、文化形成、スポーツ振興などに貢献した造成物
【付帯条件】 ●改築、復元新築されていても面影が残されていれば可 ●公共施設、個人邸宅、個人別荘、商業施設、造成物のいずれもが対象。この基準にあてはまる建造物を選定 する。建築後何年などの縛りは設けず、町に残していくべき建造物を選定する〉

(出所:「軽井沢新聞」2019年4月『「軽井沢ブルー・プラーク」今年は20件』https://www.karuizawa.co.jp/newspaper/medias/uploads/1904_06pdf.

 ロンドンには155年間で800件あまりの「ブループラーク」が掲げられているが、軽井沢町では2016年以降、5年余りの間に99件が認定されているそうだ(軽井沢町公式ホームページ『軽井沢町ブループラーク制度について』2021年3月30日更新、https://www.town.karuizawa.lg.jp/www/contents/1526456926037/index.html))。

 のびパパはリストを眺めていて、これらの建物がすべて前述「選定基準」に合致しているのだろうか、「歴史的意味」があるといえるのはせいぜい数件では、と首を傾げている。どう見ても単なる「お店の宣伝では?」と思えるものも多いし、「駅」だとか「公民館」が対象となるのも如何なものだろうか。

 ロンドンの「重厚さ」と比較すると、付和雷同の域を出ないような気がしてならないのだが、読者の皆さんはどうお考えになりますか?