のびパパ軽井沢日記:#6バックで駐車は余所者?
〈住んでいる環境が性格・行動に大きな影響を与えている〉
と、大上段に構えたが、これは高校時代に『風土』(和辻哲郎、1935年)を読んだときの衝撃を言語化したものだ。
感情の起伏が激しく、独りよがり、だが、真剣に生きる目的を模索していた青年のびパパは『風土』を読んで、大学で人文地理学を勉強しようと思い立ったのだった(弊著『超エネルギー地政学』「エネルギーフォーラム社」2018年刊、の「はじめに」参照)。
たとえば・・・。
ヨーロッパの農民は、一日の労働が終わると鍬や鋤を農地に置いたまま帰宅する、なぜなら乾燥しているので毎日手入れをしなくても錆びることはないからだ、というのだ。
本当なのだろうか?
それからおおよそ20年後、筆者はロンドンにいた。単身赴任だった「香港修業生」に次ぐ、二度目の海外だが初の家族帯同勤務だ。
当時、筆者が所属していた「三井物産」石油部では、ロンドンでの初の海外勤務者は、会社規定で家族を呼び寄せられる3か月後までの期間、まずはイギリス人家庭に下宿することを不文律としていた。代々世話になっているユダヤ人、バーニー爺さんのところに、である。短期間だが、イギリス人の日常生活に慣れるため、とされていた。
筆者が着任した1982年末、バーニーさんのところは満杯だった。石油部からの研修生は長期滞在していたし、審査部の同期は2日ほど早く着任していた。
バーニーさんは姪のバーバラさんのところを紹介してくれた。バーニーさんのところからさほど遠くない、地下鉄「コックフォスター」駅から徒歩10分くらいの、いわゆるディタッチド・ハウスと呼ばれる一軒家だった。バーバラさんは数年前に弁護士だった夫を亡くしており、二人のお子さんは、息子さんも娘さんもオクスフォード大学で勉学中だった。
筆者がお世話になって初めての週末、二人はそれぞれのパートナーを伴ってサンデーディナーにやってきた。バーバラさんが食事の用意をしているあいだ、みんなはカードをして遊んでいた。しばらくして、バーバラさんに「テーブルに」と呼ばれた。子供たちは席を立って、テーブルに向かった。だが、遊んでいたカードはそのままである。散らかったままなのである。
筆者はびっくりした。えッ? 片づけないの!
いわば、初めての「カルチャーショック」だった。
その後の観察で気が付いたのは、当時「ラビットハウス」と揶揄されていた平均的日本人の家屋と異なり、一般家庭でもイギリス人の家は、たっぷりとスペースがあるので片づけなくても困ることはない、ということだった。
この経験が下敷きとなっているのか、どこに行っても住民の行動と「風土」との関係に敏感になっている。
たとえばサラリーマンを卒業してから数年、一年の半分ほどを軽井沢で暮らすようになっているが、いくつかのことに気が付いている。日課となったおおよそ100分の散歩と、週に2~3回出かける「ツルヤ」などでの買い物時の観察結果である。
今日は、そのうちの一つをご紹介しておこう。
軽井沢にいる人は、「地元民」「別荘族」そして「観光客」と、おおよそ三つのグループに分類できる。
「別荘族」も、年に数日しか来ない人もいれば住民票を移している人もいる。僕のように「半分くらい」という人もいる。夏の期間だけ「店」を開く人々もいる。さらに最近は、リモートワークの普及と「風越学園」の誕生もあって若い「移住者」も増えており、三グループに分けるのは単純化しすぎかもしれない。
だが「ジモピー」と筆者が呼ぶ、軽井沢生活の長い人と、都会生活が長く、軽井沢に「来たばかり」の人とでは、行動パターンに大きな違いがあるのだ。
「ジモピー」は、駐車場で迷うことなく頭から突っ込む。「来たばかり」の人は、間違いなくバックで駐車する。
理由は簡単である(と、のびパパは納得している)。
軽井沢では、いや、都会を離れた自然豊かな場所では、駐車スペースからバックで出ることが苦ではないからだ。車も人も少なく、スペースがたっぷりあるので、バックで出ても困難を感じることはほぼないのだ。
都会では、たとえば筆者の自宅そばの私営駐車場では「頭から駐車してください」との呼びかけ看板があるところでも、人々はバックで駐車している。なぜなら、駐車場は狭く、車も人も往来がそれなりにあり、バックで出ようとすると注意を向けなければいけないところが多すぎて「面倒くさい」からだ。
ちなみに「頭から駐車してください」との呼びかけ看板は、面した住宅の庭先にある植物に排気ガスが当たるのを避けたい、との希望からなされているものだ。残念ながら、わずかな草花は日々、排気ガスを浴びている。
別荘地帯を散歩していると、駐車場に2台の車を停めているところが結構ある。しかも、ナンバープレートには同じ数字が並んでいる。1台は「ベンツ」「BMW」あるいは「レクサス」などの高級車で、「品川」など首都圏の陸運局登録である。もう一台は国産車で「長野」登録となっている。
昨年は「コロナ」禍の中、ハラスメントを避けようと、首都圏のナンバープレートだが「長野県民が運転しています」とのステッカーを張っている車をよく見たが、どうやら「2台所有」が新しいステータスシンボルになっているようである。
かくて「ツルヤ」で「長野」ナンバーの車を見ても、これすべて「ジモピー」と勘違いしてはならないことがご理解いただけるであろう。「長野」ナンバーでもバックで駐車していたら、おそらく「余所者」と考えていい。決して「ジモピー」ではない。
だから何だ、と言われたら・・・
何でもないんだけどね。
えッ? のびパパはどうしているか、って?
エヘン、「ツルヤ」ではバックで駐車していますが、「カxx」など空いているところでは、躊躇なく頭から突っ込んでいます。
はい「半ジモピー」なんです。
チャン、チャン。
のびパパ軽井沢日記:#14 いつの日か、軽井沢「ハンナフラガーデン」でお茶を・・・
![]()

恒例の「100分散歩」コースの一つに「千ヶ滝ルート」がある。正確に言うと「千ヶ滝西区ルート」だ。
のびパパ夏の軽井沢生活は2014年7月、「千ヶ滝西区」にある小さなログハウスをレンタルすることから始まった。したがって「千ヶ滝西区」の中は、まさに縦横無尽に歩き回った。もちろん「新からまつの森」、さらに奥の「浅間テラス」も制覇している。ハルニレテラスにも何度も足を伸ばした。
一帯には種々さまざまな別荘があって、歩いているだけでも楽しい。
特に、ガーデニングがお好きな方の別荘は、外から眺めるだけで心が洗われるような心地がする。
「イデア的感性」の持ち主であるのびパパでもそうなのだから、ガーデニングをするために退職後、別荘を建てた友人S夫妻には、たまらなく魅力的な一帯だろう。
S夫妻とは、数えたら40年ほどの付き合いになる。
最初のロンドン勤務時代、南のチズルハーストエリアに住み、子供たちが同年代だということもあって、彼らを含めた4家族が特に仲良くしていた。帰国後も交友は続き、「コロナ」で叶わなくなるまではほぼ毎年、4組の夫婦そろって温泉に泊まり込み、来し方行く末、あらゆることを語り合うのを年中行事としていた。
4年前の5月末、S夫妻からの誘いでイギリス旅行に出かけた。コツウォルドでイングリッシュガーデンを1週間楽しみ、ロンドンに戻ってからの1週間は別行動だった。S夫妻は2度目のロンドン勤務時代、ロンドン南西部のリッチモンドに居を構えており、時期は異なるが僕たちの2度目の住まいは、中心部のセントジョーンズウッドだったからだ。それぞれのセンチメンタルジャーニーの目的地が異なるので、こうしようね、ということになったのだ。
彼らはリッチモンドのホテルに泊まり、僕たちはセントジョーンズウッドからリージェントパークをはさんだ反対側、地下鉄グレートポートランドストリート駅のそばのホテルに泊まった。ちょうど同じタイミングで、息子夫妻がロンドンに遊びに来ていたことも一因だった。
コツウォルドを歩いていて、Sの「ガーデニング」志向がホンモノであることを知った。いくつものガーデンを見学して歩いたが、費やす時間がハンパではないのだ。僕たちが30分で満足するところを、放っておいたら1時間でも1時間半でも眺めている。
かくて軽井沢生活を始めたS夫妻は、ガーデニングに精を出している。まだ東京で用事があるので、行ったり来たりが多いのだが、軽井沢での時間の大半をガーデニングに費やしているのではないだろうか。「100分散歩」の折に寄らせて貰うこともあるが、季節の花々が咲き乱れ、こじんまりしたイングリッシュガーデンの態をなしていて、40年以上のサラリーマン生活ののちの3年間で、これだけのことができるのか、と感嘆している。
S夫人からワイフに「戻ってきました」と連絡があったのは2,3日前のことだ。その折「前から気になっていた軽井沢のガーデン、名前がわかった。ガーデンカフェをやっているようなので、ぜひ行ってみたい」というのだ。それが「ハンナフラガーデン」だった。
見ると、僕たちが歩いているルート沿いにある。ああ、やはりあそこか、というのが率直な感想だった。
春から夏にかけて、散歩している僕たちの目を楽しませてくれるガーデンだ。確か5月の連休のころ、ガーデン内に客人がおり、お茶を楽しんでいる様子を見た記憶がある。
さっそく、メールで「予約希望」を伝えてみた。だが「いまは休業中。営業予定日が決まりましたら、FB等でご案内します」とのことだった。
「分かりました。明日、恒例の100分散歩で友人夫妻と外から楽しませてもらいます」と返事した。
かくて9月12日の今日、S夫妻を誘って「100分散歩」で「千ヶ滝ルート」を歩いた。戻ってPCを見たら、メールが入っていた。「終日庭仕事をしておりますので、もしよろしければお立ち寄りください」と。発信時間を見ると、ちょうど僕たちが通り過ぎたころだ。
残念!
この「すれ違い」も人生。
「去るものは追わず、来るものは拒まず」をモットーとするのびパパは、次の機会の訪れを信じて、溜まっているエネルギー関連ニュースを読みこなすべく、PCにしがみついたのでありました。

